心と向き合いたどり着いた真理 生きるとは答えの出ないことを探究し続けること【マインドフルネス瞑想講師 政木真理子さん後編】

前編では、政木真理子さん(以下、真理子さん)の幼少期の闘病経験と葛藤、音楽との出会い、音楽療法士としてのやりがい、子どもの発達障害の対応に奔走した日々を伺いました。

この後編では、彼女を救ってくれたマインドフルネス、発達障害児等の親の会の立ち上げやマインドフルネス講師の活動を始めるまでのことを聞きました。

政木 真理子(Masaki Mariko)

マインドフルネス瞑想講師 / 音楽療法士 / 公認心理師  

音楽療法士として約20年、心に寄り添い障害受容を支援。発達障害児2人の子育て経験から、発達障害児等の親の会を主催する。2024年より悩めるお母さんに向けて、マインドフルネスを伝える活動をオンライン中心に開始。

真理子さんを暗いトンネルから救ってくれたものとは……

発達障害児2人を抱え、戦場の兵士のような精神状態で走り続けていた真理子さんだが、長男が小学5年生、次男が2年生の終わりに差しかかる時期に転機が訪れたと言う。

「子どもたちの発達障害もそれに伴う社会との摩擦も半分受け入れて、心が楽になりました」

きっかけは何だったのだろうか。

「まず心に対する理解が深まったことですね。公認心理師の資格を取り、知識をつけたことです。そして自分にも、息子にも感情を俯瞰して見る練習をしていました」

また言葉の影響も大きかったと話す。

「自分の中で考え方が変わってきていたタイミングで、ニーバーの祈りを人に教えてもらいました。まさに当時の私に必要な言葉で体中に響きました」

「ニーバーの祈り」とは、次に示す言葉だ。

“神よ、変えることのできるものについて、それを変えるだけの勇気をわれらに与えたまえ。

変えることのできないものについては、それを受けいれるだけの冷静さを与えたまえ。

そして、変えることのできるものと、変えることのできないものとを、識別する知恵を与えたまえ。“

(出典:「ニーバーの祈り」ラインホルド・ニーバー,大木英夫訳)

時を同じくして、真理子さんはマインドフルネスや瞑想会にも足を運び始めた。

マインドフルネスとは過去や未来ではなく、“今、ここ”で起こっていることに集中する状態を指す。

最も簡単な方法は、呼吸をていねいに感じること。浮かんでくる自分の思考や感情に判断や評価をせず、ありのままを観察する。

静かに座る瞑想はわかりやすいマインドフルネスだが、それだけではない。例えば、お茶一杯に意識を集中していただくこともマインドフルネスである。

心の学び、「ニーバーの祈り」の言葉、マインドフルネスの実践が、真理子さんのモノの見方、外の世界との繋がり方に変化をもたらした。

「面白いもので、自分の中に受け入れた感覚が広がると、今度はちゃんと悲しみがやってきました。子どもの発達障害も、そこにジタバタする自分も認めることができた時、『我が子って障害者なんだ』というショックが改めてやってきました。その時は、ひたすら悲しみに身をゆだね、しばらく悲しんでいましたね」

彼女はマインドフルネスの感覚を内側に育て、俯瞰して自分の心と向き合った。マインドフルネスは、彼女を暗いトンネルの中から、ふたたび彩り豊かな世界へ連れ出した。

悲しみからはい上がると、季節は巡り、春へ。真理子さんは花が咲く歓びを受け取っていた。

40代に入り、純粋に音楽の道と向き合っていた青春時代のようなきらめきを取り戻していく。

2022年4月に真理子さんのInstagramで子どもへの想いをこんな風に綴っている。

「お母さんはきみがイライラちゃんと、うまく付き合っていけるようになることを応援しているよ」

マインドフルネスは、アンバランスな脳と付き合って生きていく子どもにも、大きな助けになることだろう。子どもたちにもマインドフルネスの感覚の種が育っていくように接しているそうだ。

支援者の立場、当事者の立場。そして新たな風が吹く。

闘病の当事者としての経験、発達障害児の親として障害を受容する過程の体感。これらを得て、ふたたび医療の現場で支援者として患者さんの心に寄り添うと、より深い関わりができるようになったと言う。

「最初、患者さんは病気や障害を受け入れられなくて、ネガティブな感情の中にいます。患者さんは、『こんな風に思ってはいけない』と自身を否定しますが、ネガティブな感情が出てくることは自然なことで、『どんな感情が出てきてもいいんだよ』と私は受けとめて話を聞いていきます」

「ネガティブな感情を経験しているからこそ、人間は前に進むエネルギーを得ることができるんですよね。それは知識として頭で理解していますが、自分自身の体験で知っているから、患者さんの持っている可能性の幅に光を当てて『大丈夫だよ』ってスタンスで関わっていけるんだと思いますね」

音楽療法士の仕事にますますやりがいを感じていた真理子さんだが、2022年フルタイム勤務から非常勤の働き方へシフトする。

発達障害児2人のサポートを優先したいと考えた結果だった。彼女にとって大きな決断だった。

時間と心にスペースができると新しい風が吹いてくるものだ。

真理子さんの中に、マインドフルネスを深く学び、伝えていきたいという気持ちがむくむくと湧いてきた。真理子さんの人生がまた動き出していく。

2023年、彼女は半年間に渡りマインドフルネス瞑想講師の養成講座で学びを深めた。ここでは体系立てた知識を身につけた。その後、より実践的な講座で自身の心と向き合いながら学んでいく。日々の暮らしで実践し、知識を体に馴染ませていった。

日常で自身の心に寄り添えるようになると、すべてを終わらせたくなる破滅的な衝動が湧かなくなったと言う。

「今も悲しくなることや、ネガティブな気持ちになることはもちろんあります。でも、私にはマインドフルネスがあるから大丈夫って思えるようになったのは大きな変化です。悲しみに浸っている自分と、俯瞰して『この感情も必要なプロセスだから大丈夫だよ』って言っている自分がいるかんじですね」

世の中を動かすのは小さな声

現在、真理子さんは子どもの発達障害についてある程度乗り越えたと感じている。

「私が認められずにいたのは、子どもの発達障害そのものではなく、現実は期待するほど共生的で受容的ではないという社会でした。病気や障害がある社会的弱者に対する無理解や偏見にはどうしても怒りや悔しさを感じます」

その怒りを原動力に、2023年に「読み書き困難について学ぶ会 ステラ」を、2024年には「発達が気になる子の親の会 ルポ」を仲間と共に立ち上げた。発達障害を持つ親が学び、交流できる場だ。

「障害や病気のある人も生きやすい社会にするため、行政や議員に働きかける人も多くいます。でも、トップダウンだけでは世の中はなかなか変わりません。歴史の流れも、世の中が変わった背景には必ず怒りや悲しみを味わった当事者や、当事者の家族の声があります」

「私1人ができることはささやかなことかもしれません。でも、発達障害の子を持つ親が声を上げて、わずかでもアクションを起こすことに意味があります。大河の一滴のように、小さな行動が大きな流れを成し、ボトムアップの動きは、世の中の価値観のアップデートに繋がると信じています」

真理子さんの思想や行動パターンは祖父の影響も受けていると言う。

「祖父は農業をしていましたが、政治への関心や平和への想いを強く持っていました。社会活動やデモに参加したり、毎年8月には広島の平和記念式にも出たりする人でした。いつも食卓で戦争や平和への想いをつらつらと話していて、世の中のためにできることを、小さなことから一生懸命やっていました。祖父の言葉は頭に残っていて、今の私の活動とも重なる部分がありますよね」

世の中に変化が起こるのは100年単位で時間がかかることかも知れない。真理子さんは祖父のスピリットを受け継ぎ、変革のバトンを未来へ繋いでいく。それこそが今の私にできることだと想いを語ってくれた。

一緒に心をのぞいてみませんか?

発達障害や、グレーゾーンと呼ばれる子どもの子育ては想像以上だ。戦場の兵士と同じくらいストレスを受けているという研究もあるらしい。

マインドフルネスは真理子さんに、兵士として戦うのではなく、調和的に自分自身、子ども、社会と繋がっていく選択肢があることを教えてくれた。

2024年から真理子さんは、主に発達障害児を持つお母さんに向けてマインドフルネスを伝え始めた。

「ネガティブな感情は、ほんとうはとてつもない前向きな力を秘めています。なので、怒りや悲しみといったネガティブといわれる感情も大切に扱ってあげたいですね」

「心の揺れに寄り添って、そこに留まる時間も必要です。ただ、自分自身に寄り添えるようになるには、誰かに寄り添ってもらった経験がなければ難しいです。だから、悩めるお母さんに寄り添える人になりたいですね」

「子どものために」と孤軍奮闘しているけれど、ほんとうはいつも「誰か助けて」と声にならない悲鳴をあげているお母さん。感情がコントロールできなくなってしまうお母さん。そして、後から自分を責めてしまうお母さん。

そんな方に、ぜひ真理子さんのマインドフルネスのレッスンを通して、ご自身の心と向き合う練習をしてほしい。

真理子さんも何度も不安や怒りにさいなまれた経験がある。痛いほどお母さんの気持ちがわかる。だからこそ、マインドフルネスをガイドする彼女の声は、包容力に満ちていて、安心感を与えてくれる。

彼女は、相手のネガティブな感情の中にある願いや想い、その人らしさや輝きに目を向けることを大切にしている。

「体のトレーニングをするのと同じように、心も練習を重ねて柔軟性を育むことはできます。お母さんたちには難しく考えず、マインドフルネスを日常の中で活かしてもらえるように伝えていきたいですね」

嵐の子育ての中にも、凪は自分で作ることができる。マインドフルネスは悩めるお母さんのお守りになるだろう。

インタビューの最後に、真理子さんが大切にしている価値観を教えてくれた。

ネガティブケイパビリティ。簡単に言うと、答えの出ない曖昧さにとどまる力である。

「曖昧さを許しその場所に在ること、そしてまた新たな問いを見つけ探究すること、そういったことを繰り返すことが生きるってことだと感じています」

忙しい現代では、つい時間短縮や効率を求めクイックに答えを出そうする。でも、答えを急かさず、白黒つけずにグラーデーションを許容する心の器を広げる。ポジティブな感情にも、ネガティブな感情にも「そうなんだね」とただ認めてあげる。そのプロセスをていねいに踏んでいく。それこそが今を生きることなのだろう。

彼女は今日もぐるぐると螺旋階段を登っていく。

政木 真理子(Masaki Mariko)

マインドフルネス瞑想講師 / 音楽療法士 / 公認心理師  

音楽療法士として約20年、心に寄り添い障害受容を支援。発達障害児2人の子育て経験から、発達障害児等の親の会を主催する。2024年より悩めるお母さんに向けて、マインドフルネスを伝える活動をオンライン中心に開始。

【Information】Instagram / LINE公式 / note

オンラインでの真理子さんのマインドフルネスのレッスン情報などはこちら

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≪読み書き困難について学ぶ会 ステラ≫ 読み書き困難のある子もそうでない子も、ICTを活用することで全ての子どもたちが自分にあった「学びのカタチ」を選択できる社会へ!をコンセプトに、ZooMでの交流会や、大阪府で専門家の講演会などを開催→ Instagram

≪発達が気になる子どもの親の会 ルポ ~Repos やすらぎ~≫ おしゃべりしながらプラスワンの知識を学べます!大阪府茨木市で対面で毎月開催中!→ Instagram 

編集後記

インタビューの中で、真理子さんは偉人では葛飾北斎が好きだと話してくれました。理由は、老いてもなお画法を追求し続け、いくつもの知恵を掛け合わせ新しいものを生み出し続けた姿勢だそうです。

平和のために社会運動に精を出した祖父の血を受け継ぎ、発達障害児の親の力になりたいと奮闘する真理子さんらしい回答でした。北斎好きのマインドフルネス講師、なかなか字面のパンチが効いています(笑)会ってみたくなりますね。

ここまでお読みいただきまして、ありがとうございました。(執筆者:江川ともよ)


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